演説

都議選では足を止められる力をもった演説がどれほどあるのだろうか。
一緒に政治にかかわりたいと思わせてくれる演説。
日曜日、都議選。

現役大臣が来たところで聴衆は数十人だった。
ところがテレビへの露出が多い弁士だと数百人。
ただしこちらも始まる前から人が集まっていたので、
純粋に演説で足を止めたわけではない。タレントを見に行く気分に近い。
結局演説はパフォーマンスの域を出ないと思う。

しかし、それでもいい。道端で具体的に数字をあげて施策についてごちゃごちゃ言われても頭には入ってこないからだ。
それが正しい施策かどうかなんて判断できない。支援者へのリップサービスにはなるだろう。

日曜日の演説でもパフォーマンスが上手いほうが空間を掌握していたと思う。最後には拍手喝采。
パフォーマンスであるなら、もっと魂を込めた演説をしていただけないのだろうか。
聴衆は政治への責任を感じられるような、自分ですら国を変える手助けができる存在だと思わせてくれるような演説を聴きたいのではなかろうか。
国民は政治への不信感や無関心であることを、心のどこかで「このままではいけない」と感じているはずだ。
なぜなら思いやりや強い責任感はこの国の文化だからだ。
自分の子供たちにできるだけいい社会を残したい。こう思わない国民はいないはずだ。

もちろん問題はその手段だが、演説で大切なのはそこではない。
希望を持たせてくれる、奮い立つような演説で魅了してほしいものだ。