人の幸せと政治2

おはようございます。関東では台風のおかげでようやく梅雨らしくなってきました。
夏までもうすぐでしょうか。

人の幸せというのはプライベートの充実だけで計れるのだろうか。というのはよくよく考えないといけない。
全体のことはお上に任せて、個人が個人(その家族を含む)のために一生懸命仕事をしてプライベートを充実させることに専念する。
その結果として全体も幸福になる。

一理はあるかもしれない。
しかし、その結果が今の時代ではないだろうか。
極端な話、公的なものが崩れた後に個人のプライベートの充実・全体の幸福というものが達成可能だろうか。
安心して暮らせるだろうか。

物理的に暮らしていけないとかそういうことだけではない。
地域や国というのは自分の所属するコミュニティである。
子供の時に、両親がケンカをしているのを見たことがある。子供心に心配した。
自分のよりどころがなくなるのではないかと。
自分の主たるコミュニティがどっしりと構えていることは精神的な安心を与えてくれる。
家族がぐらついていると、学校なんて楽しめないし、会社に行っても仕事にならないだろう。

その逆はどうだろう。家族に誇りを持ち、家族が好きで、支えてくれる家族。
そんな時にはじめて、プライベートでの成功を心から喜び、楽しく生活していけるのではないだろうか。
家族のことが嫌いであることは自分を嫌いになることにもつながりうる。
住む町というのも同じだと思う。本来は、住む人に誇りをもってもらって、プライベートを充実してもらう。
そして町全体が明るくなる。その流れが大切だと思う。だから町を好きになったほうが絶対に良い。

今は町のことなんてそもそもよく知らないし、誇りをもつだなんて・・・というところだろう。
なんとなく景色が明るくならない。理由はわからないけど、不安。
これを解決するにはもう一度足元を見る必要がある。