今、わたしたちに夢はあるでしょうか。
夢を与えるきっかけが政治でもいいのではないか。

個人として考えたとき。
夢がある人もない人もあるでしょう。
ない人がダメだとは思いませんが、やはりある人の方ががキラキラしてみえる。
魅力ある人の一つの要素として、何かに向かって頑張っている人、というのは間違いないと思う。

ではどうやって夢見るのか。これは難しい。
こどもに夢や目標を持ちなさいというものの「だってないもん」「見つからない」と返されたことがある大人は少なくないのではないか。
そう、夢は見つかればそこにあるが、見つかなければないものはないで終わってしまう。こどもにとって夢を見つけるのは簡単ではないのだ。

しかしこどもに夢を見てもらうことと同じくらい、もしくはさらに難しいこともある。
それはおとなに夢を見てもらうことだ。経済的な理由など、世の中には“仕方ない”が溢れていると思っているおとなにとって夢を新しく見つけることは容易ではないだろう。
こどもより大人の方が夢を見つけにくい理由はほかにもある。(経済的な理由などよりこちらの方が大きい要素なのではないかと考えている。)それは教育の存在だ。

こどもは多かれ少なかれ夢について考える時間やきっかけを義務教育の間に与えられる。
おとなにはそれがない。こどもの時に十分やってきたではないかと言われればそうだが、
今の日本の状況を考えると、大人に夢をあたえるきっかけもどこかに必要なのではないかと考えてしまう。

もちろんキラキラしている大人もたくさんいる。
だからこそもっともっと夢をもつ大人が増えてほしい。
ずいぶん遠回りしたが
大人に夢を与えるきっかけが政治でもいいのではないか。