政治と生活

生活に困っている人、生活に不便がある人が、政治に興味を持ち利己的な意見を主張する。
すでに持つ利権、大きな権力失いたくない人が、政治に興味を持ち利己的な意見を主張する。

選挙の投票率を見るに、この2タイプの国民が50%だろう。
残りの50%は、そこそこ生活に満足していて、
政治に首を突っ込むことで失われる時間やお金とその見返りを天秤にかけたときに割に合わないと判断した人々だろう。
無関心市民だ。

良い政治とは誰のための政治なのだろうか。
私は、まずは無関心市民を減らすことが先決であると思う。
なぜなら無関心市民も潜在的にはもっといい生活がしたい(家族にいい生活をさせたい)と思っているし、
政治の重要性を知らないわけではないからだ。しかし政治というものの性質上ハードルが高く見えてしまい、無関心になっているのである。
無関心ほど将来のことが心配になることはないだろう。情報は飛び交っているから一部の情報のみが入ってくる。
もしくは決定事項だけ知らされる。これで不安にならない、不満を感じないわけがない。

その状態が続くと無力感を感じるようになり政治への興味がさらに薄れるんじゃないかと思う。
「どうせ1票だし。何も変わらない。」という言葉を知人から聞いたことのある人も多いだろう。
もしくは自分がその手の発言をしたことがあるかもしれない。

マズローは、人間の基本的欲求を低次から述べると、以下の通りであるとしている。

生理的欲求(Physiological needs)
安全の欲求(Safety needs)
所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
承認(尊重)の欲求(Esteem)
自己実現の欲求(Self-actualization)

今の日本のなんともいえない焦燥感は、3が実現されていないか不十分なことが原因なんじゃないかと思う。
○○市に住んでいるということで安心感や誇りを感じている人はどれくらいいるのだろうか。自分の住む街をどれくらい好きでいるのだろうか。
私は政治に参加してここを変えていきたい。